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2005年度 第15回 定期総会(横浜)
2005年7月31日

〜15年から20年に向けて〜
今後の取り組みについて
〜バクバクっ子たちとともに創っていこう!〜
人工呼吸器をつけた子の親の会(バクバクの会)
大阪市にある淀川キリスト教病院に入院中だった人工呼吸器をつけた子どもたちの、親同士の小さなグループから始まった「人工呼吸器をつけた子の親の会(バクバクの会)」は、今年度で結成15周年を迎え、現在、北は北海道から南は沖縄まで約600名の会員(正会員・賛助会員・購読会員)を数える全国組織として、活動を続けています。
これまでバクバクっ子(人工呼吸器をつけた子どもたち、および同程度のケアを必要とする子どもたち)の入院生活や在宅生活をより豊かにするとともに、子どもたちが生きていく上でのより良い社会の実現を目指して活動を続けて来ました。
これらの活動を通してバクバクっ子の存在が社会的に認知されてきたことなど、多くの成果もありますが、依然、課題として積み残されている問題、あるいは、新たに直面することとなった問題など、私たちが取り組まなければならない課題が山積しています。バクバクの会結成15周年の節目にあたり、これらの課題について再検討し、次の節目(20周年)に向けての活動の方向性として、改めて整理したいと思います。
1.生きる権利
2.安全確保
3.入院・入所中のQ.O.L..
4.在宅支援
5.自立と社会参加
6.医療行為
「人工呼吸器をつけていても、どんな障害があっても、生きてほしい。」という思いが私たちの出発点でした。
しかし、最初から、私たちが子ども自身を丸ごと受け止めていたわけではありませんでした。「世間の目を気にし、遠慮しながら迷惑にならないように行動していた。」「在宅しても、重度の障害者だからと家に囲い込んでいた。」など、私たち親は子どもを思う反面、差別的な目でも子どもを見ていたのです。
けれども、そんな親の思いや社会状況に関係なくたくましく生きる子どもたちに励まされ、教えられ、「親自身の差別意識や思い」が子どもの生死や生活を決定するという「親の思い」の持つ恐ろしさに気付き、見つめ続ける中で、「人工呼吸器をつけていてもどんな障害があっても“ひとりの人間・ひとりの子ども”、子どもたちの“命と思いを大切に”!」という考え方にたどり着き、バクバクの会の基本理念として定着していきました。
また、「人工呼吸器」についても、機器の取り扱いや必要なケアに慣れ、生活領域が広がるに伴い、終末期医療の生命維持装置という医療機器ではなく、子どもにとっては生活に必要な道具(補装具)であるという捉え方に変わっていきました。
一方、最近このようなバクバクの基本理念とは反対に、「尊厳死」の法制化を求める動きにみられるように、バクバクっ子たちの生きる権利が制限され、出生前から死に方までコントロールされかねないような危うい社会状況に陥りつつあります。
私たちのささやかな実践をはるかに超える勢いで、新生児から胎児へ、さらに遺伝子レベルへと命の選別が強化されるようになってきました。出生前診断や遺伝子治療の発展と普及は、子どもたちに恩恵を与える以前に、「命の質」を問う道具として使われ、難病や障害のある赤ちゃんを「生きていても仕方のない命」として選別し、積極的治療の見送りにもつながってきたという現実があります。
また、京大病院エタノール中毒死事件にみられるように、加湿器にエタノールを誤注入され53時間も吸入させられ死亡したさおちゃんの人権や命が無視され、命を守るべき病院で、不正を摘発すべき検察の場で、事故隠しと虚偽がまかり通っている現実もあります。
さらに、親が、難病や障害のある子どもの将来を悲観し彼らの命を奪うという事件が起きた時、子どもの人格を無視した身勝手な行為として問われるよりも、相変わらず「親の気持ちはよくわかる。」「その子は死んだ方が幸せだった。」など、親に同情が集まり「減刑嘆願運動」が巻き起こるといった社会状況もあります。
そして、「尊厳死」の法制化…というわけです。「尊厳死」とは、難病や末期患者、遷延性意識障害者が、自らの意思で過剰な延命治療を中止することを認めようというものです。「過剰な(=無駄な)延命治療」の概念の中には、人工呼吸器の使用や経管栄養などの生命維持措置も含まれています。逆に言えば、それらの手段を使いながら生きている人たちの生き方そのものを「尊厳のない生き方」であると否定し、そのような状態は「生きるに値しない」という社会的な無言の圧力を生みかねない危うさがあります。にもかかわらず、「尊厳死」を法制化するということは、「尊厳のない生き方」であると国が認知すること、それを国の価値基準にすることであり、その影響力は計り知れないものがあります。
このように、「人権の世紀」としてスタートしたはずだったこの21世紀にあっても、バクバクっ子の生きる権利が全面的に認められているとはいえないどころか、ますます制限されかねない厳しい状況に向かいつつあります。だからこそ、わたしたちは原点に立ち返り、バクバクっ子たちの「命と思い」に寄り添い、どんなに重い障害があろうと生きる権利が保障されるよう、社会に向けて訴え続ける必要があります。
(1)入院・入所における安全確保について
入院や在宅に限らず“安全確保”の問題は、“生きる権利”の問題とともに私たちの最大の課題です。
最近のマスコミ報道に見られるように、入院患者が命を落とすような医療ミスやトラブルが相次いでいます。このような医療事故は、あたかも数年前から急増したかのような印象がありますが、実際にはこれまでにも頻発していた事が、世間の関心の高さや国を挙げての事故防止への重点的な取り組みにより、医療機関が事故を公表せざる得なくなったという側面が考えられます。それでも、私たちは、報道されるミスやトラブルは氷山の一角に過ぎないと考えています。バクバクの会には、死に至らないまでも重大な障害が残るなど、一歩間違えば死に至りかねないケースも数多く報告されており、病院といえども安全といえない現実があります。
国においては、2003年度より、医療上の安全確保を医療政策の最重要課題として、「人」、「施設」、「もの」の三つの柱をたて、新たな取り組みや対策の強化が進められていると聞いています。その結果、バクバクっ子の入院している各病院でも、安全管理システムの面で、かなり改善が図られてきています。反面、安全管理システムのマニュアル化、自動化により、かえって安全に対する意識が希薄になるのではないかという懸念もあります。
会に寄せられた事故事例、ヒヤリ・ハット事例(本人に傷害を及ぼすことはなかったが、日常の中で"ヒヤリ"としたり"ハッ"とした事例)を見ると、ミスやトラブルの多くは、単純なものです。これらのミスを防ぐには、マニュアルやチェックリストの作成、二重三重のチェック体制といった技術的対策も必要ですが、根本は“人”の問題です。
どんなにシステムが整備されても、システムは人が作るものであり、さらに人がケアを担っている以上、ミスやトラブルを避けることはできません。大切なことは、通常のケアの習熟はもちろん「“人”はミスを犯す」「システムや機器は必ずトラブルを起こす」ことを前提に、どんな小さなミスやトラブルも教訓化・共有化し、予想されるあらゆるケースを想定して予防策や対応策を講じ、その人の看護や生活支援の一部としてしっかりと位置づけ、身につけておくことだと考えます。
今後、国や医療機関に対しても、医療ミスやトラブルの早期発見のシステム整備や要員確保、医療従事者の教育機関や現場での安全教育と人権教育の徹底に加え、これらについて具体的に提言していきたいと思います。また、安全対策を考える上で、医療者側と患者側との信頼関係は欠かせないものであり、病院内はもとより全国的にも互いに意見を出し合える関係を構築していきたいと考えています。
(2)在宅における安全確保について
会が創設された15年前には、人工呼吸器をつけて在宅生活すること自体が、医療関係者にとっても想定外のことで、在宅への移行に際して病院側も親も安全第一に慎重に準備しながら進めていました。2週間在宅・2週間入院といった方法や、在宅続行が不可能と判断すればすぐに再入院といった方法もとられていました。
しかし、人工呼吸器装着等の在宅療養患者の急激な増加に伴い、いつの間にか、有無を言わさず安易に在宅への切り替えを勧められるケースも数多く報告され、在宅指導・支援体制の病院間格差・地域格差も拡大してきています。一部の病院では、容態が不安定な状態でも、あるいは十分なバックアップ体制がない状態でも一方的に退院を勧めたり、家族に十分な指導も行わず、2〜3回外出・外泊訓練をしただけで退院させるケースもあります。また、安全には欠くことのできないモニター機器の貸与や十分な物品の支給、情報提供がないまま、在宅生活へと移行させるケースもあります。さらに、地域の関係機関への連絡調整を全くせずに退院させ、介護にかかりきりの親が、個人的に連絡調整に奔走しなければならないケースもあります。
この結果、本人の命が危険にさらされ、不幸なことに退院後まもなく命を落とした事例もあります。また、緊急時の連絡・支援体制についても、整備されているとは言い難い現実があります。
しかも、そのような綱渡り状態であるという認識すら、親も病院スタッフも持たないままに生活しているケースも少なくありません。「病院でずっとケアしていたから大丈夫」と親も病院側も思っているようですが、病院と在宅では環境が大きく違っていることを認識する必要があります。今後とも、在宅の安全確保について以下のことを重点に取り組んでいきたいと思います。
@在宅指導の充実
通常のケアはもちろん、在宅における事故やトラブルの事例と対処法まできちんと指導するよう求めていきたいと思います。さらに、日常生活では何が起こるか分かりません。そうした事態や災害時にも対応できるような在宅指導を国や病院に求めていくとともに、一緒に考えていきたいと思います。
A連携体制の充実
在宅移行に際しては、在宅生活に関わる関係機関への連絡調整を確実にし、退院後も相互の連携体制が確保されるよう、国や病院に求めていきたいと思います。
B必要物品支給の徹底
診療報酬上「在宅療養指導管理料」を算定する場合、医療機関は、患者に対して、必要な衛生材料や保険医療材料を十分な量、支給しなければならないことになっています。これについてかなり周知徹底されてきていますが、それでも、まだ、これらの材料を自費購入させられるという苦情が、会の方に寄せられます。今後もよりいっそうの周知徹底を国に求めていくとともに、問い合わせについては、交渉のための情報提供、助言を行っていきたいと思います。
また、保険で認められている「特定保険医療材料」の中には、特注カニューレ等、厚生省の材料価格基準に合わないため、高額な自己負担を求められている場合があります。これについては、関係機関と連携して、国に対して保険適用を求めていきたいと思います。
Cパルスオキシメーター、外部バッテリーの貸与の徹底
パルスオキシメーターは、声が出せず緊急ブザーも押せない子どもにとっての唯一危険を知らせる手段であるとともに、バクバクっ子の呼吸状態や心拍数など正確に把握するための機器です。さらに、モニターの故障や夜間介護者が熟睡してモニターのアラームに気がつかない場合を考えれば、二重三重のアラーム装置が必要であることから、最低限の安全対策のひとつとして、病院がパルスオキシメーターを確実に貸与するよう、国に対して指導を求めていきたいと思います。
また、在宅用人工呼吸器は、内蔵バッテリーを備えているものがほとんどですが、稼動可能な時間が30分〜1時間程度であることが多く、使用するに従ってバッテリーの消耗が速くなることから、日常の停電や災害時に備えて、外部バッテリーの常備は不可欠です。
非常用バッテリーについても「(人工呼吸)装置に必要な回路部品その他の付属品等」のひとつとして、病院が確実に貸与するよう求めていきたいと思います。
D介護支援体制の整備
どんなにアラームシステムを整備しても、介護者である親が疲労困ぱいしてアラームやトラブルに気がつかなければ何の役にも立ちません。現実に、医療行為が大きな壁となって、保育・教育の場では、地域の保育所や学校はもとより訪問教育、養護学校においても親の付き添いが要求され、その他の日常生活でヘルパー等を利用しても、結局は親が付き添わざるを得ず、文字通り24時間のケアを強いられ、親は疲労困ぱいの状況にあり子どもの安全は常に脅かされています。
保育・教育や他の日常生活においても親の付き添いを必要としない支援システムの整備を、親の介護負担の軽減からではなく子どもの自立と安全確保の視点から求めていきたいと思います。
(3)災害時の安全確保について
阪神・淡路大震災(1995年1月)は予想すらしなかったことで、安全確保を第一に考えてきた私たちにとって、大きな衝撃となりました。最近も、新潟中越地震(2004年)、福岡県西方沖地震(2005年5月)と大きな地震が続いています。地震に限らず、2004年年7月の新潟・福井での豪雨、10月の台風23号など、風水害や停電など、災害時の備えの大切さを痛感しています。
災害は入院、在宅に関係なく襲ってきます。病院は大丈夫という思い込みは阪神・淡路大震災で見事に打ち砕かれました。被害の少なかった病院でも、いつ大きな余震が襲ってくるか、その時はどのように逃げようかと不安な毎日を過ごしていたとの声が寄せられました。今後、災害時に備えて、以下の点を取り組んでいきたいと思います。
@それぞれの災害に備えた自衛策を講じておくこと
災害時には、病院も機器業者も同時に被災したり、交通網・通信網が寸断されたりする可能性があります。在宅生活者の避難や機器のバックアップ、物品の供給がすぐに出来ない可能性があります。最低3日間は自力で生活できる物品の備蓄の必要性とともに、日ごろからの「近所付き合い」の重要性を呼びかけていきたいと思います。
Aそれぞれの災害に備えた対応策と避難方法の確認
日ごろのイメージトレーニングと避難訓練の大切さを、会員はもとより、病院関係者にも在宅指導の項目に含めていくよう提案し、啓発を図っていきたいと思います。
B危機管理体制についての関係機関への具体的提案
個人や親の会による自助努力にも限界があり、救援依頼や安否確認などの情報通信網の整備、機器のバックアップや人的支援等の救援体制の整備については、やはり行政による情報提供と対策の整備が必要となります。必要な所に必要な情報が届くよう、きめ細かな情報伝達と危機管理体制の整備を求めていくとともに、親の会、病院、行政、機器の業者、ボランティア等が連携した在宅生活者の救援・支援システムの構築について具体的提案を行っていきたいと考えています。
C防災・災害時マニュアルの作成
以上のことを踏まえ、バクバクの会として、防災・災害時マニュアルを作成したいと考えています。
バクバクの会が設立される以前は、人工呼吸器をつけた子どもたちは、24時間365日病院の白い天井を見ながら一生を過ごすものと多くの人が思っていました。バクバクの会の活動の原点は、そうした中であっても、少しでも豊かな生活を過ごさせたいという入院生活の中での様々な取り組みでした。
中でも外出・外泊の取り組みは、子どもたちの世界を広げると同時に、人工呼吸器や子どもに対する親の意識も変え、在宅への流れにも大きく影響を与えました。そして、在宅での様々な取り組みが、今度は、入院中の子どもたちの行動の可能性を広げ、QOL(生活の質)の向上に寄与しました。
会の設立から年月がたっても、この活動の原点は変わりません。生活の場が入院・入所・在宅に限らず、子どもたちのQOLの向上に向けた会員それぞれの小さな取り組みが活動の基本です。
しかし、子どもたちのQOLの向上に向けて取り組みたくても、病院や施設のスタッフの考え方、病院や施設と親との関係性の問題や、ポータブルの人工呼吸器など外出用機器がない病院や施設も多いことから、全ての病院や施設でうまくいっている訳ではありません。
特に病院については、本来の目的(治療)とシステムからすれば、子どもたちの活動の広がりには一定の限界があります。治療の必要性から長期入院を余儀なくさせられている子どもや、在宅したくても条件が整わないために在宅が困難な子どもも少なくありません。一方、見切り発車的な在宅への移行が増加する中、現状での在宅が必ずしもバクバクっ子の最善の利益になるとは限らない面もあります。「病院だからQOLのことが考えられなくても仕方がない」と看過できません。病院もバクバクっ子のひとつの生活の場として、本人や家族に、ただがまんを強いるのではなく、QOLの向上に努める必要があります。
相変わらず、次のような悩みが会に寄せられます。
・必要以上の面会時間の制限により親子の絆が築けない。
・きょうだい児との面会が禁止されているため、きょうだいの絆が築けない。
・人工呼吸器をつけていると個室になり、高額な差額ベッド代の請求により経済的にたちゆかなくなるため、介護できない状況であっても在宅を考えざるを得ない。
・24時間の付き添いを余儀なくされ、家庭崩壊を招きそうな危機感がある。
特に付き添いについては、制度上付き添いが必要ないはずの基準看護の病院であっても、付き添いの申請書の提出を求められ、あるいは、無断で申請書が作成され、表向きは「子どもの精神安定上、親が病院にお願いして付き添わせてもらっている」という形で、事実上、吸引や注入などの「医療行為」を含めたケアを担う要員として、付き添いを余儀なくされている場合がほとんどです。これらの相談については、改善にむけての話し合いの進め方を助言するなどしながら、ケースによっては、医療機関に対する指導を国や行政に求めていきたいと思います。
さらに、現在、バクバクっ子の行動の可能性は大きく広がっていることを考えれば、そうした状況に対応した取り組みと条件整備、たとえば、何時でも好きな時に外出・外泊が出来るよう、病院や施設へのポータブルの人工呼吸器や吸引器の配備などについても求めていきたいと思います。
また、入院が長期になると、兄弟姉妹が精神的に不安定になる場合も多く、親としても対応に苦慮しています。家族全員で面会できる部屋の確保や、一緒に宿泊できる場所の提供など、兄弟姉妹に対する配慮も含めた対応を求めていくことも忘れてはなりません。
在宅生活に移行しても、家のベッド上で過ごすだけでは、入院生活と変わらないどころかそれ以下になる可能性があります。わたし達は、可能な限り普通の生活をさせてやりたいと、様々な取り組みを行ってきました。何かにつけて「前例がない」「危険だ」と拒否される中、粘り強く交渉し、問題を一つ一つ解決しながら取り組んで来ました。その結果、地域の保育所や学校への通学、新幹線や飛行機などいろいろな交通機関を利用しての旅行、登山やスキーなどへの取り組み、人工呼吸器をつけていても、子どもたちの生活領域は大きく広がっています。
このようにして、会創設当初は、一生入院生活と思われていたバクバクっ子たちも、多くの課題はあるものの、地域の中でしっかりと根を張って生活できるようになり、人工呼吸器をつけて暮らすということが、社会的にも少しずつ認知されるようになりました。しかし、一方で、前述のように、本人の状態や支援体制の有無にかかわらず、人工呼吸器をつけていても在宅へ移行するのが当然と、関係機関への橋渡しも十分に行わずに拙速に退院させてしまう例も増加し、退院したものの本人の“命と思い”に寄り添う余裕もなく、ぎりぎりの綱渡り生活を余儀なくされているケースも少なくありません。当然利用できるはずの、支援費制度、訪問看護、訪問入浴その他の社会資源を利用しようとしても、必要なときに、必要なサービスを、わずかな量でさえ受けることができず、途方に暮れているという相談もたくさん寄せられています。
せっかく支援費制度(2003年4月)がスタートしたものの、「たんの吸引」等の医療行為に対応してもらえない、学校などへの送迎が認められていないなど、こちらが希望する内容と提供可能な支援内容との間に差があることから、結局は十分利用できていないという実態があります。支援費制度そのものがほとんど利用できないような地域もあります。
その上、今回「障害者自立支援法案」が衆議院を通過し(2005年7月15日)、多数決の原理からいけば参議院でもそのまま可決されてしまいかねない状況にあることから、今後、制度利用の費用が応益負担になったり、人工呼吸器装着など重度障害の場合、包括払いになり利用時間が制限されたりするのではないかという懸念があります。今まで以上に、子どもたちの社会参加や自立の実現の壁が厚くなるどころか、安全確保のための最低限の人的支援さえままならなくなるのではないかとの不安が広がっています。
在宅支援というと、とかく家族の介護負担の軽減の問題として捉えられがちですが、わたしたちは、基本的には本人の生活支援の問題として考えるべきだと思っています。
家族介護を前提とした支援制度では、親が亡くなったり、病気等で介護力がなくなったりしたとたん、病院や施設に逆戻りをせざるを得ない状況を生み出してしまいます。
もちろん、家族の介護負担の軽減は不可欠です。在宅の“安全確保”の項で述べた通り、現状では、24時間介護で親自身の生活はなく、十分な休養も取れない状況の連続は、何より本人の命を脅かすことに直結するからです。したがって、緊急時のみならず何時でも利用可能なレスパイト制度、デイケア制度、ヘルパー制度や訪問看護制度の確立を求めていきたいと思いますし、実績をつくっていきたいと思います。
このこととあわせて忘れてはならないのが、何よりも24時間365日親と一緒の生活が本人の自立と社会参加にとって大きな阻害要因になっているという事実です。したがって、この点からも、緊急時のみならず何時でも利用可能なレスパイト制度やヘルパー制度の確立が検討されるべきです。今後も粘り強く、本人の自己決定を大切にし、「家族支援」から「本人支援」へ、居宅内支援から自立と社会参加全般の支援へ、世帯所得ではなく本人所得を基準に、発想の転換と制度の充実を求めていきたいと思います。また、同時に、実際に制度を使いながら実績をつくっていきたいと思います。
(1)幼児期、義務教育期の課題
以前では病院での訪問教育さえ受けられないケースもありましたが、現在は病院から地域の学校へ通うことも可能になりました。地域の保育所、幼稚園や学校に通い、運動会やプール、宿泊を伴う校外行事や修学旅行など全ての学校行事に参加している子どももいます。
しかし、保育所では、地域によっては1年も2年も前から交渉を続け、入所できる場合もあれば、拒否されることもあるのが現状です。さらに、入所できても、ほとんどの場合、親の付き添いを要求されるなど新たな問題が発生します。
また、小・中学校では現行の分離教育制度やこれまでの「たんの吸引など医療行為の必要な子は、原則訪問教育」という教育委員会の方針もあり、地域の小・中学校はもとより養護学校であっても親の付き添いを求められるなど、通学するのが困難な状況がありました。
こんな中、最後の項で詳しく触れますが、2004年10月、養護・ろう・盲学校において、吸引などが必要な場合でも通学できるように条件整備がなされたことは大きな前進でしょう。(ただし、訪問教育は除外されたままです。) しかし、実際には、ケアの内容が限定されることもあり、看護師がいない状況下では、校外行事等への参加が制限されるか、親の付き添いを求められます。また、通学時のスクールバスへの乗車を拒否されるなど、人工呼吸器使用者は相変わらず、“例外”として扱われている実態があります。
普通校では、これまでいくら交渉しても入学を認めない地域もありましたが、全国各地で、親が頑張れば何とか入学できる状況が出来つつあります。しかし、前述の障害児学校での医療行為の必要な子どもが通学できるような条件整備や特別支援教育への転換によって、重度の障害がある子どもや日常的に医療行為が必要な子どもは、障害児学校以外への通学を頑なに認めようとしないなど、地域によってはかえって子どもたちの教育の場を限定してしまう結果となっています。
どうにか地域の学校へ入学できても、ごく一部の先進的な地域を除いては、親の付き添いを要求されることがほとんどです。さらに普通校では、設備が不十分であることを理由に、知恵と工夫で乗り切れるような場合であっても、2階以上への教室移動やプール学習への参加を一方的に禁止している学校もあります。
このように、保育や教育の場においても、保育所や学校間格差、地域間格差が顕著になってきているのが現実です。
今後も引き続き、障害や「医療行為」を理由に教育権を侵害されることのないよう制度改革と条件整備を求めていく必要があります。とりわけ親の付き添いは、親の負担もさることながら、子どもの自立と安全確保にとって大きな阻害要因であり、緊急かつ重要な課題です。
具体的には、学校教育では親の付き添いを必要としない条件整備と原則訪問教育から原則統合へ、さらに、いまや世界的潮流になっているインクルージョン(包括教育:地域の中で障害のある子ども達も学ぶ)への制度改革を求めて取り組んでいきたいと思います。
(2)義務教育終了後の課題
バクバクの会が設立された当初は幼児期の子どもたちが中心であったため、保育所・小学校への入所や就学問題が大きな課題でした。15年間の会の活動と共にバクバクっ子の年齢層も新生児から成人まで幅広くなり、高校入学や卒業後の生活が新たな課題となって来ています。
養護学校に高等部が設置されても、地域の高校では、吸引などの医療行為の壁に加えて、選抜制度の壁があります。身体的、知的ハンディに加え、全ての介護を家族に依存せざるを得ないバクバクっ子にとって、選抜制度は大きな壁となっています。今や、高校進学率は97%を超える時代です。いくら本人が望んでいても、点数が取れないことを理由に高校進学が出来ないとなれば、それまで培ってきた同年代の子どもたちや地域との関係が断ち切られてしまいます。障害によるハンディは本人の責任ではありませんから、「本人の責任でない不利益は差別」と言わざるを得ません。高校の選抜制度から希望者全入へ、制度の改革を求めていきたいと思います。
卒業後の問題も大きな課題となってきています。現行制度にある、通所施設や作業所でも、「医療行為」や人工呼吸器使用を理由に断られるケースがあります。また、より地域に密着し本人の生活を重視した生活の場のひとつとして、今後増加が予想されるグループホーム、ケアホーム等についても、はじめから人工呼吸器使用者は対象にされない懸念もあります。「自立生活」となると、もっと多くの困難が予想されます。どうするかは基本的には子ども達が考え、切り開いていく課題ではありますが、親としても本人の自己決定を大切に、安心して通える通所施設や作業所、利用可能な施設、自立生活と就労等が可能な社会条件をどう創っていくか、子どもたちと共に考えていきたいと思います。
(3)社会参加可能な街づくり
社会参加は、学校教育、遊びや旅行、就労等全ての生活に関わる問題です。そこでまず問題となるのが交通アクセスや建物などの物理的なバリア(障壁)です。ハートビル法(1994年)や交通バリアフリー法(2000年)の施行により、交通機関や建物等のバリアフリー化が進んできてはいますが、一般的な車イス対応で進められており、バクバクっ子の利用するストレッチャー型車椅子では利用できないものが多々あります。成人用ではなおさらであることから、ストレッチャー型でも利用可能な環境整備を求めていきたいと思います。
バクバクっ子の自立と社会参加にとって最大の課題は「医療行為」の問題です。この問題には、医療に対する社会意識(専門家支配と専門家依存)の問題と、具体的な行為であるたんの吸引などを「医療行為」とする制度的な問題があります。これらの社会意識がバクバクっ子に対する恐れと差別を生み出し、たんの吸引などを医療職に限定する制度により、保育所や学校での付添いを始め、生活や行動の全てを医療職や親と一緒にしなければならず、自立と社会参加を制限するひとつの大きな理由となっています。
盲・聾・養護学校では日常的な「医療行為」を必要とする子どもたちの親の付き添いを必要としない条件整備が少しずつ始まっており、教員による@たんの吸引、A経管栄養、B自己導尿の補助については一定の要件の下で認められるようになりました。(2004年10月20日付 厚生労働省通知、2004年10月22日付 文部科学省通知)
さらに、ALS患者に引き続き、在宅しているALS患者以外の療養患者・障害者のたんの吸引についてもヘルパーやボランティア等、医療職・家族以外にも解禁となりました。(2005年3月24日付 厚生労働省通知)
これらは大きな一歩ではありますが、「自立と社会参加」のところでふれたように、教員による日常的「医療行為」の実施が容認された盲・聾・養護学校であっても、スクールバスや校外学習、訪問教育など、看護師のいないところでは対応してもらえず、さらに、地域の保育園、学校、通園施設などは対象外のままで、結局、親の常時付き添いが求められている現状があります。
また、日常生活において、ヘルパー等の非医療従事者による「たんの吸引」が認められたものの、以下のような理由から、せっかく制度が改正されても実際には使えない、使えても安心してまかせられないという声が寄せられています。
・厚労省からの通知が事業者や利用施設等に周知徹底されていないため、サービスが利用できない。
・厚労省からの通知では、「たんの吸引」しか記載されていないため、たんの吸引以外のケアについては、対応してもらえない。
・厚労省からの通知では、「たんの吸引」が口鼻腔内と気管カニューレ内に限られているため、対応してもらえない。
・「たんの吸引」以外のケアにも対応してもらえるが、人工呼吸器に関連することには対応してもらえない。
・日常的に必要なケアについては対応してもらえるが、事故抜去されたカニューレの挿入などの、緊急事態には最初から対応できないと言われる。
・ケアの実施にあたっては、「入院先の医師や患者・障害者のかかりつけ医及び訪問看護職員は、家族以外の者に対して、疾患、障害やたんの吸引に関する必要な知識を習得させるとともに、当該患者・障害者についてのたんの吸引方法についての指導を行う。」とされているが、医療職による指導が診療報酬上では評価されていないため、来院したヘルパー等に研修のために時間を割いたり、事業所に出向いて指導する時間をとってもらいにくい。
・医療職が研修講師を引き受けてくれたとしても、疾患・障害やケアの手技についての一般的なことについては指導できても、当事者ひとりひとりに必要なケアは、個別性が大きく、充分なフォローができない。(同じ理由で、医療職が配置されていても、通園施設への通園を断られたり、施設への一時入所を断られたりするケースも続出している。)
・訪問看護は、居宅での対応であり、居宅外の活動に関わることは指導できない。
・訪問看護であっても、訪問中も親が家庭内にいることを求めたり、たんの吸引を親まかせにしたりするケースもあり、訪問看護師だけにまかせることができない(留守番看護ができない)ケースもある。
・医療職は、病院内で想定される緊急事態の対応ついては指導できても、日常生活の中で想定される緊急事態についての情報は持っていない。
・実際にヘルパーにケアをまかせることができるまでには、生活を支援する中で習熟していってもらうしかなく、結局は、家族が時間をかけて養成するしかない。
・ヘルパー等に「たんの吸引」が認められたといっても、「業務の一環」として認められたわけではないので、不安や負担感から実施を断られても仕方がない。
これらの実態を打開するためにも次のような取り組みを重ね、次回の「たんの吸引」に関する厚労省通知の見直し時期に、実績をふまえた提案をしていきたいと考えています。
・会として→各地で研修会の開催(医師会、行政、当事者団体と連携する。)
・会員個々のところで→主治医や訪問看護師によるヘルパー等の研修の実施
・実態、実績も含めた情報公開(随時、実態・実績を公表しアピールする。)
現在、一部の小・中の普通学校の中にも、先生たちがケアを行い、親の付き添いをなくしている学校もありますし、既に、ボランティアやヘルパーによる親の付き添いなしでの外出や外泊の取り組み等の実績もあります。こうした取り組みの流れを大切にし、さらに実績を積み重ねながら日常的に必要な「医療行為」は「生活支援行為」として、十分な研修とバックアップ体制の整備のもと医療職でなくても行えるような、社会意識の変革と制度的な条件整備を追及していきたいと思います。