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2009年6月15日
国会議員のみなさま
人工呼吸器をつけた子の親の会<バクバクの会>
会長 大塚 孝司
臓器移植法改定にあたっては
「脳死」を一律に「人の死」とするような改定をしないで下さい。
(慎重審議のお願い)
国会議員のみなさまにおかれましては、すべての子どもたちの命を健やかに守り育むためには国の仕組みがどうあるべきか、日夜、真摯にご検討、お取り組みいただきまして、心より感謝しております。
すでに、先生方には、人工呼吸器をつけた子の親の会<バクバクの会>より5月17日付で「臓器移植法の改定にあたっては、慎重かつ十分な議論をお願いします。」というお願いの文章を送付させていただきました。しかし、あまりにも短時間で審議打ち切りとなり、近々臓器移植法改定案が採決されるとの報道を受け、再度、お願いの文章を送付させていただく次第です。
臓器移植を待ち望む方々が大勢いらっしゃること、とりわけ日本での移植が見込めない子どもたちにとってそれがいかに切実な問題であることは承知しております。しかし、一方で、「脳死」あるいはそれに近い状態と診断されながら、精一杯生き続け成長している子どもたちも実際に存在することはご存じの通りです。
私たちバクバクの会にも、「脳死」判定基準を満たしうる状態の子どもから、満たさない子どもまでいます。「脳死」判定基準を満たしうる子どもたちと、そうではない子どもたちに共通していることは、人工呼吸管理をはじめさまざまな医療的ケアがなければ生きられないことです。さらに、さまざまな社会的資源を活用しなければ生活することが困難であることにおいても共通しています。
また「脳死」判定は、絶対的な状態を診断できるものではありません。無呼吸テストを含む脳死判定で「脳死」とされても、その後に脳波が復活したり、自発呼吸をするようになった子どもが複数報告されています。生理的にも、バクバクの会の子どもたちは、「脳死」判定基準を満たしうる子どもたちと連続した存在といえます。
したがって、「脳死は人の死」「脳死判定基準を満たすことで死亡宣告をする」ことに法律、諸制度が改定されることは、人工呼吸器や医療的ケア、社会的資源の活用が欠かせない私たちの子どもと家族にとっては、現在以上に生きにくくなる社会の到来を意味します。死者とされれば医療は行われず医療保険も適応外となることから、脳死判定基準を満たしうる子どもは、直接的に生命の危機に直面させられます。
臓器移植推進派の方々の「脳死」についての認識は幅広く、一般の人々も同様で、その中には「人工呼吸器をつけていたり、健常な人と同じようなコミュニケーションができない状態は脳死」とする誤った認識もあります。この点でもバクバクの会の子どもたちは全員が「死んでいる」とみなされる恐れもあり、社会生活上、生命の危機にさらされる可能性は、決して少なくないといえます。さらに、「元通りにならなければ生きる価値がない」「人工呼吸器は無理やり生かす道具」というような考え方が優勢となれば、今後、救命救急の現場で、命の選別が行われ、安易に治療の差し控えや打ち切りが行われかねません。
このように、「脳死」を一律に「人の死」とするような改定がなされた場合の社会的影響は測り知れません。命を助けるための改定であったはずが、懸命に生きる命を追い詰める結果を招くことにもなりかねません。臓器移植法の改定にあたっては、国民一人一人の生存権に関わる問題として決して拙速に結論を出さず、審議を尽くしていただきますようお願いいたします。