小学校付き添い編③「ステイスクール」

新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、世間ではステイホームが叫ばれ、長い期間の自粛を余儀なくされた。この期間、家族と家にいながらいろいろなことを思い出したり、考えたりしていた。 みなさんは、自粛中、家にいることでどのような感想を持たれただろうか?コロナの感染拡大を防ぐためではあるが、何かしらの不自由さや辛さを感じられたのではなかろうか?「ステイホーム」を「ステイスクール」にイメージしてお読みください。

 

息子が入学して数日は妻がマンツーマンで息子に付き添い、4月下旬から学校看護師さんが配置され、そこから1週間程度で外廊下に机を置いての見守りとなった。廊下とはいえ、息子の学校は屋外廊下のため、ベランダみたいなところで、強い風雨となれば、軒下まで容赦なく雨が入ってくる。妻は毎朝、登校するとまずザラザラの土ぼこりを払うために机を水拭きしていると言っていた。そんなところに2週間近く留め置かれた。

 

そして5月の下旬、私が初めて息子に付き添って小学校に行く日がやって来た。一日通して小学校にいることなど30数年ぶりのことだ。妻から看護師さんや支援アシスタントの先生との引継ぎ方法についてレクチャーを受けて、晴れ渡る空の下息子と小学校へ登校する。 教室に入るとクラスメイトから「今日は起きとるね」「お父さんと一緒じゃ」とかパルスオキシメーターの数値を見て「バッチリじゃね」など話しかけてくる。だから彼らは医療ドラマなどでパルスオキシメーターを見て状況がすぐにわかる(笑)。息子は周囲から何かしてもらうばかりではなく、息子も周囲に対して何かを提供している。こうしたエピソードが、まさに共に学び共に育つなんだと感じた。

 

引継ぎをひと通り終えて、待機場所の空き教室に用意された机の前に座る。物珍しさもあり学校内の掲示物をウロウロ見て回る。周囲から見れば完全に不審者だろうなと思った。それもこれも「ステイスクール」をしなければならないからであった。何か起きたときのためという、何の生産性もないもののために親の付き添いを要求される。不測の事態というものは、息子だけではなく、健常児であっても、誰にでも起こり得るというのに…唯一の自由は昼ご飯を買いに近くのコンビニに行くときだけだった。 そしてこのステイスクールで何より恐れていたのは、周りの子どもたちに、息子のように車いすに乗って呼吸器をつけた医療的ケア児は、常時親の付き添いが必要だという誤った認識を持たれてしまうことだった。

 

ともかく、このステイスクールで一人でじっとしていることは、精神的にも肉体的にも想像以上の苦行だった。妻はほぼ毎日これをしているのかと思うと暗澹たる気分になった。 そんなステイスクールライフの中で、考えさせられることがあった。