会の概要

人工呼吸器をつけた子の親の会(バクバクの会)は、1989年5月、長期に渡り人工呼吸器をつけている子どもたちの、安全で快適な入院生活と生きる喜びを願い、淀川キリスト教病院の院内家族の会として発足しました。翌年、人工呼吸器をつけていてもどんな障害があっても、ひとりの人間ひとりの子どもとして社会の中で当たり前に生きるためのより良い環境づくりをめざし、全国にネットワークを拡げ、全国組織として始動しました。わたしたちは、「子どもたちの命と思い」を何よりも大切にしながら様々な活動に取り組んできました。しかし、発足当時は小さかった子どもたちもすでに大人になり、「本人たちの命と思い」をより大切にした活動を当事者とともに進めていくために、2015年定期総会にて、会の名称を「バクバクの会~人工呼吸器とともに生きる」に変更いたしました。

 

2019年8月現在、全国に約500名の会員がおり、力を合わせて活動しています。


会長あいさつ

 去る8月17日(土)に広島で開催された2019年度 第29回 定期総会において、新会長として承認をいただきました、新居です。

 

 前会長の大塚孝司さんより重責を引き継ぐことになりました。

 

 ここに至るまでには、会長へは他に適任者がいると、固辞してまいりましたが、役員の方々より、何度もお話をいただいたことや、息子・優太郎や私たち夫婦が、これまで大変お世話になった“バクバクの会”への恩返しでもあるとの思いから、お引き受けすることを決断いたしました。

 

 正直申し上げまして、私のような知識のないものが会の顔が務まるものではないと、今でもはなはだおこがましい気持ちで一杯ですが、お引き受けした以上は、できうる限り研鑽に努め、全国の皆さまのご支援も賜りながら、会の発展に努めてまいりたいと考えていますので、どうか温かい目で見守っていただけましたら幸いです。また、ご指導ください。

 

 最後に長年、バクバクの会の顔として、会を牽引してこられた大塚さんへ感謝と敬意を表します。ありがとうございました。

これからも会の相談役として、私たちの指標であり続けていてください。よろしくお願いいたします。

 

 会長 新居 大作

退任のあいさつ

 この度、8月17日開催の第29回定期総会をもちましてバクバクの会会長を退任することになりました。1998年、第8回総会で前会長の故平本弘冨美さんから会長職を引き継ぎ、20年間務めさせていただきました。

 

 訳も分からないまま会長職を任命され今日まで続けて来られたのは、ひとえに事務局や会員皆様方のご協力、ご支援をいただく多くの方々、連携していただいている他団体の皆様方のご指導ご鞭撻のおかげです。

 

 就任当初と比べ、医療、福祉、教育など制度も大きく変わってきています。しかし、相変わらず地域格差も大きく、本来受けられる支援サービスを受けられない地域も多々存在しています。どんな障害や難病を持っていても地域の中で普通に暮らせる社会の実現を願ってやみません。

 

 バクバクの会も発足して30年、次の若い世代のスタッフや当事者が活躍する時代になりました。皆様からは、今までと同様の温かいご指導ご協力をお願いいたします。長期にわたりご支援ご協力をいただいた方々に心から感謝申し上げます。

 

前会長 大塚 孝司


【バクバクの会のあゆみに関わる資料】

◆立命館大学グローバルCOEプログラム「生存学」創成拠点ホームページ

 

◆小児在宅人工呼吸療法の開始と普及において果たした親の役割について

「人工呼吸器をつけた子の親の会〈バクバクの会〉」の活動の視点から―

The Role of Parents in Starting and Spreading the Use of Home Mechanical Ventilation by Children in Japan:

From the Activity of Bakubaku-no-kai, the Association of Parents with Children Using Artificial Ventilators

 

八木慎一 YAGI Shin’ici

(立命館大学大学院先端総合学術研究科 2009年度入学 公共領域)

 

全文→こちら 

(立命館大学大学院先端総合学術研究科『Core Ethics』Vol.8 2012年 所収)

 

要旨:

 90 年代以降,入院している人工呼吸器をつけた子どもが在宅人工呼吸療法(HMV)に移行するケースが増えている。しかし,HMV の開始と普及において子どもの親が果たした役割に関しては明らかでない。本論文では「人工呼吸器をつけた子の親の会〈バクバクの会〉」の会報と関係者へのインタビューを利用し,以下三つのことを明らかにした。第一に,HMV は83 年に国内初の事例をみるが,80 年代にその存在は呼吸器をつけた子どもの親に知られていなかった。第二に,子どもが短期間外出・外泊することに関しては,医師や看護師の役割も大きかったが,HMVに関しては親たちが主体的に選択していた。第三に,90 年以降にHMV を全国の親に認知させ,普及させていく役割を果たしたのは,〈バクバクの会〉のメディアを利用した活動の成果が大きかった。小児HMV の歴史には,呼吸器の開発といった要因に加えて,子どもの親の意思を位置づける必要がある。

 

Abstract:

In Japan, the number of children using home mechanical ventilation (HMV) has been rapidly growing from the 1990s to the present. However, the role of parents in the spread of HMV has not been researched. This paper focuses on Bakubaku-no-kai, the Association of Parents with Children Using Artificial Ventilators; the research is based on interviews and a review of group's newsletters. The research clarifies the following. First, although HMV had been introduced to Japan in 1983, most parents with children in need of an artificial ventilator were unaware of HMV until the activities of Bakubaku-no-kai from around 1990. Second, although doctors and nurses had made opportunities for letting the children go out from hospitals for short periods, it was parents who pushed for the use of HMV, because HMV enabled their children to go home permanently. Third, Bakubaku-no-kai’s activities attracted media and social attention to HMV’s potential for children, and this inspired other parents who were in similar circumstances in Japan. Therefore, in the history of HMV for children, in addition to the invention of the artificial ventilator, the will of parents in Bakubaku-no-kai must be recognized.

 

キーワード:在宅人工呼吸療法、親の会、人工呼吸器をつけた子の親の会〈バクバクの会〉、超重症児

 

Keywords:

home mechanical ventilation (HMV), parent's group, Bakubaku-no-kai, Association of Parents with Children Using Artificial Ventilators, profound and multiple disabilities